岸見一郎氏の著書『嫌われる勇気』によって、アドラー心理学が日本で注目されるようになりました。しかし、アドラー心理学自体は新しいものではなく、創始者のアルフレッド・アドラーはフロイトやユングと同じ時代の人です。日本で1917年に出版された書籍『精神分析法』(中央館書店)には、アドラーの理論が紹介されています。
その書籍の著者、久保良英氏は、日本の心理学者で、東京帝国大学で学び、アメリカのクラーク大学で研究し博士号を取得しました。彼は精神分析やゲシュタルト心理学を日本に紹介し、ビネー式知能検査の標準化に貢献しました。『精神分析法』は、フロイトの精神分析を紹介している書籍であり、久保良英氏はクラーク大学でフロイトの精神分析を学びました。
本書の「序」には
先生の一週二回の講義の中にフロイドと其反対派アドラーとの名が聞かれない時は殆ど無い位であつた。
予がフロイト及びアドラーに關する知識を得るに至つたのは、全くホール先生の啓發によるもので、若し本書にして取る所があり、之によりて新研究の暗示を得る者があったならば、そは一にホール先生の賜といふべきである。
とフロイトとアドラーについて久保氏は記しています。(原文は、旧仮名遣いで旧字体)
アドラーとフロイトの対立は、アドラーがフロイトの理論を批判し1911年にはフロイトと決別しました。1913年にはアドラーは「個人心理学会」と団体の名称を変更しました。その4年後の1917年に『精神分析法』が日本で出版されました。この本は、フロイトの理論が中心に紹介されていますが、アドラーについては、
アルフレッド、アドラーはフロイドの住んで居るヰンナの町の精神病の醫者である。フロイドの說を獨逸語で縱橫に批判した最初の學者である。
という紹介から始まり、
アドラーが多年取扱つたヒステリーその他の精神病患者の實例によると、性欲異常は精神病の症状として表はれるもので、決して病原となるものでない。
とフロイトとの違いを説明しています。
また、
吾人々類には凡て意識的又は無意識的に劣等(Minderwertigkeit) の戚なるものがあつて、何とかし之に打ち勝ちて、他の者を凌駕しようと企てる。從つて一方に身體的又は精神的に劣等の所があると、種々と之を補充しようとして所謝代償作用 (Kompensation) をするやうになる。
とも記しています。
『精神分析法』において、久保氏は、フロイトの理論を主に紹介しながらフロイトとアドラーとの違いを説明しています。性欲異常が精神病の症状として表れるというフロイトの説に異を唱え、劣等感という概念をアドラーは提唱しました。
久保氏は、1922年に同じ中央館書店より『精神分析法・増補版』を出版しています。増補版では、40ページ分を『アドラーの補償説』としてまとめ、増補項目の一つに加えています。